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最高裁判所第三小法廷 昭和51年(行ツ)39号 判決

川崎市中原区上丸子天神町三四六番地

上告人

松岡正之

右訴訟代理人弁護士

関根栄郷

宇都宮正治

片桐晴行

本間通義

東京都目黒区中目黒五丁目二七番一六号

被上告人

目黒税務署長

市川孝一

右指定代理人

五十嵐徹

右当事者間の東京高等裁判所昭和四七年(行コ)第七九号、第八〇号所得税更正決定取消請求事件について、同裁判所が昭和五〇年一二月二四日言い渡した判決に対し、上告人から全部破棄を求める旨の上告の申立があつた。よつて、当裁判所は次のとおり判決する。

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人関根栄郷、同宇都宮正治、同片桐晴行、同本間通義の上告理由について

所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない(最高裁昭和三八年(オ)第七二五号同三九年一一月一三日第二小法廷判決・裁判集民事七六号八五頁参照)。論旨は、ひつきよう、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するか、あるいは独自の見解に立つて原判決を論難するものであつて、すべて採用することができない。

よつて、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 高辻正己 裁判官 天野武一 裁判官 江里口清雄 裁判官 服部高顯 裁判官 環昌一)

(昭和五一年(行ツ)第三九号 上告人 松岡正之)

上告代理人関根栄郷、同宇都宮正治、同片桐晴行、同本間通義の上告理由

第一 原判決の事実認定は経験則に違背し、ひいては原判決には、理由不備、理由齟齬の違法がある。

一 上告人は原審において、使途不明金を認定賞与として課税処分をなす場合、その使途不明金の算出にあたつては、現実にいくら入金(収入)があり、その中いくらが現実に支出され、かつその中いくらについて使途が不明であるという方式がとられるべきであるにもかかわらず、本件賦課決定においては、パリー化粧品については支出項目の仕入計上洩として計上された数字が、パリー化学への仕入代金分として簿外売上金額に一率三〇%を乗じた計算上の数字であり、パリー化学については収入項目の簿外売上として計上された数字が、パリー化粧品の各事業年度中の売上入金額をパリー化学の事業年度に相応する期間のそれにひきなおした上、その額に一率三〇%を乗じた計算上の数字でありいずれも、パリー化粧品がパリー化学に現実に支払つた金額ではなく、またパリー化学が、パリー化粧品より現実に支払を受けた金額ではないのであるから、このような計算上の数字を、あたかも現実に出金または入金されたものとして取扱い、使途不明金を算出することは許されないものであることを主張した。(原審における上告人昭和四八年六月八日付準備書面)

二 これに対し、原審は「控訴人は被控訴人主張の使途不明金算出方式の中、パリー化粧品の簿外売上高の三〇パーセントにあたる金額をパリー化学に対する計上洩仕入代金としたことは、単に課税のための計算上の数字に過ぎないと主張するけれどもパリー化粧品とパリー化学との間において仕入代金について現実の処理がなされていたことは前記認定のとおりであるから、この点に関する控訴人の主張は理由のないことは明らかである。」として、第一審の事実認定をそのまゝ援用した。ところで、右にいう「パリー化粧品とパリー化学との間において仕入代金について現実の処理がなされていたこと」に該当する第一審の事実認定は、一事件については「パリー化粧品は、パリー化学に対し売上高の三〇パーセントに当る金額を仕入代金として支払うこととなつており、パリー化粧品の昭和三二年一一月一日より昭和三三年一〇月三一日までの事業年度の簿外売上は、三、一六五万〇、〇一一円であつたが、パリー化粧品とパリー化学とでは事業年度が違つていたので、パリー化学の昭和三二年九月一日より始まつて昭和三三年八月三一日に終る事業年度に相応する期間におけるパリー化粧品の簿外売上高は二、五三七万七、八五五円となり、その三〇パーセントに当る七六一万三、三五六円が、仕入代金としてパリー化粧品からパリー化学に支払われて同社の簿外売上金額となつていた」という部分であり、二事件については「パリー化粧品は、パリー化学に対し売上高の三〇パーセントに当たる金額を仕入代金として支払うこととなつており、パリー化粧品の昭和三三年一一月一日より昭和三四年一〇月三一日までの事業年度の簿外売上は、二、七二三万三、七五八円であつたが、パリー化粧品とパリー化学とでは事業年度が違つていたので、パリー化学の昭和三三年九月一日より始まつて昭和三四年八月三一日に終る本係争事業年度に相応する期間におけるパリー化粧品の簿外売上高は三、二九四万二、八五六円となり、その三〇パーセントに当る九八八万二、八五六円が、仕入代金としてパリー化粧品からパリー化学に支払われてパリー化学の簿外売上金額となつていた」という部分である。

この第一審の事実認定の「パリー化粧品からパリー化学に支払われて」との部分は、まさに上告人が原審においてその認定の誤りを指摘し、このような金額の現実の支払がなされた事実はなく、右金額は計算上の数字にすぎないことを強調した部分である。

また、被上告人も、パリー化学の簿外売上金額についてこれが現実の入金額を示すものではなく、パリー化粧品の簿外売上金額から推計して算定したものであることを自認していることは原審の事実摘示からも明らかであり、また証拠上も右各金額が現実に入金されたことを裏付けるものは一切存在しない。かえつて第一審が採証根拠として挙げる証人難波正保は、前記三〇%相当額についてパリー化学に対しパリー化粧品のほうから現実に金を払つたということを確認していないことを明言し、「計算上そうしただけですね」の問に対し「はい、そうです」と答えているのである。また証人渡辺清も一貫して三〇%相当額は、パリー化学に支払われる金額であつたとしても、パリー化学には直ちに原処分が処理したような形でいつているわけではなく、計算上の数字であることを述べている。

したがつてこの点に関する原審の事実認定は、経験則に違背するものであり、また当事者の主張した事実について、どの証拠によつてどういう風に認定したか不明であつて理由不備ないし理由齟齬があるものといわなければならない。

第二 本件賦課処分は課税根拠なくしてなされた違法のものであり、これを瑕疵なきものとした原審の判断は、所得税法の解釈適用を誤つたものである。

本来、認定賞与は納税義務者である法人が、当該法人の役員に対して支給した何等かの名目の金品、若しくは債務の免除が、当該金品を受領した、若しくは債務を免かれた、役員に対して賞与の支給と判断されるところに発生する、所謂事実問題であり、法人所得の算定の一方式である算式による推計によつて算定されるべき性質のものでない。したがつて使途不明金をもつて認定賞与と算定する場合でも、使途不明金の算出にあたつては、現実にいくら入金(収入)があり、その中いくらが現実に支出され、かつその中いくらについて使途が不明であるという方式がとられなければならない。しかるに原審の認定は、この方式を全く無視している。

一 パリー化学の認定賞与について

(一) 被上告人の主張するパリー化学の認定賞与についての課税根拠は、同社事業年度内のパリー化粧品がパリー化学へ支払うべき仕入代金額から簿外経費を差引いた残額について使途が不明であり、松岡正之個人の認定賞与として課税処分を行なつたというにある。

ところで被上告人は、右使途不明金の算出にあたつて次の如き方式をとつた。

昭和三三年度分(一事件)

簿外売上(パリー化粧品からの仕入代金) 七、六一三、三五六円

簿外経費 五、一五一、一九九円

使途不明金 二、四六二、一五七円

昭和三四年度分(二事件)

簿外売上(パリー化粧品からの仕入代金) 九、八八二、八五六円

簿外経費 二、一九八、五五一円

使途不明金 七、六八四、三〇五円

而して右各年度に計上された簿外売上金額は、先に第一、一、二で述べたとおりパリー化粧品の各事業年度中の売上入金額をパリー化学の事業年度に相応する期間のそれにひきなおした上、その額に一率三〇%を乗じた数字であり、したがつて、計算上の数字にすぎず、パリー化学がパリー化粧品から、仕入代金として現実に支払を受けた金額ではないことは明らかである。そうだとすると使途不明金の算出にあたつて、このような計算上の数字を、あたかも現実に入金があつたものの如く取扱い、それを根拠に使途不明金を算出することは前記の如く許されないところであつて、結局被上告人のなしたパリー化学に対する賦課処分は、課税根拠を欠くものといわなければならない。

(二) パリー化学についての使途不明金算出の際の収入項目に計上される数字は、パリー化粧品からの現実の入金額、すなわち荒川信用金庫浅草支店への入金額によるべきであつたのであり、この点につき具体的調査をしようとすれば可能であつたにもかかわらず、これらの調査を一切せず推計によつて入金額を算出することは推計の許される限度を逸脱したしたもので本来許されないところであり本件賦課処分はこの点からも違法であることは明らかである。

(三) 次にパリー化学の昭和三四年八月期の認定賞与の課税について、被上告人は期首の簿外買掛金、簿外支払手形の期中に於ける決済金額を無視して、期末の簿外の資産、負債のみを抽出して、期中簿外入金額と対比して、期末簿外資産の不足を理由にその不足分に対応する額を認定賞与としている。

甲一二号証(昭和三二年九月一日 昭和三三年八月三一日の決算書)に支払手形の表示はない。

被上告人の昭和四〇年三月二七日付準備書面一に、パリー化学が(昭和三三年九月一日 昭和三四年八月三一日)事業年度の期首に簿外として保有していた、支払手形の金額と満期日が記載されているが、これは、甲第五号証荒川信用金庫当座勘定写しの昭和三三年九月五日、昭和三三年一〇月六日、昭和三三年一一月五日に決済された、支払手形の内訳明細と一致し、荒川信用金庫でのこれら支払手形の決済はパリー化学の仕入代金に充当していたとの難波証人証言河瀬証人の証言と照し合せて考えても、昭和三三年九月一日現在多額の簿外の支払手形(昭和三二年九月一日 昭和三三年八月三一日)間の決算書に支払手形の表示はない)の存在が充分に推測できる。

被上告人の計算方法に従つて認定賞与を算出するなら、これらの期首の負債勘定を無視して課税することは許されないところである。

次にまた、パリー化学の(昭和三三年九月一日 昭和三四年八月三一日)事業年度についても期末簿外の買掛金、支払手形について、被上告人が主張する如き金額は、存在していない。この点についても、簿外の支払手形、買掛金の存在を基礎にパリー化学の認定賞与を算出しているのであつて被上告人の計算は誤りを冒しているのであつて本件賦課処分は違法である。

二 パリー化粧品の認定賞与について

(一) パリー化粧品の認定賞与の算定について本件賦課処分のとつた方式は三菱銀行恵比寿支店松岡正之、住友銀行渋谷支店浅田美代子の各名義預金が、パリー化粧品の簿外預金であることを前提にして右各預金からの各年度の(昭和三三年度、昭和三四年度)現実の払戻し額の中、使途不明金について松岡正之個人の認定賞与として、課税処分を行つたというにある。

そしてその使途不明金算出方式の中、仕入計上洩として計上された金額は、いずれもパリー化学へ支払われるべき仕入代金相当額であり、各年度の簿外入金額(前記松岡・浅田両名義預金入金額より表勘定振替分を除いたもの)に一率三〇%を掛けた数字であり、これは、現実に支出されたものではなく、あくまでも、計算上の数字にすぎないことはすでに第一、一、二、において述べたところから明らかである。パリー化粧品における使途不明金の算出をするにあたつては、払戻金額が現実の数字である以上、仕入計上洩を算定するにはそれが、どこに、どのようなかたちで仕入代金として実際に使われたか、が問題とされなければならないのである。

しかるに、仕入代金の支払先と認められる荒川信用金庫浅草支店の松岡正之名義の当座預金への入金額については先にも述べたとおり、被上告人は全く調査をしていない。

三 また、原判決は、上告人のパリー化粧品からパリー化学に支払うべき仕入金額として入金額の三〇パーセントとすることは、直轄店については妥当するも、独算店からの入金については入金額を売価に還元、すなわち二倍として計算すべく、このような計算を行なうことにより、パリー化粧品の簿外預金の払戻額に使途不明金はないと主張に対し「直轄店からの入金、したがつてまた独算店からの入金額を確定し得ないことは前記認定のとおりであるから、控訴人主張の比率を適用して仕入金額を計上するに由なきものといわざるを得ない。」とした。

ところで第一審が、パリー化粧品の営業所には、直轄店と独算店の二種があり、前者にあつては外交員に対するセールス報奨金を含む当該営業所の経費一切は本店において、支弁するが、後者にあつては右の経費は当該営業所が負担する反面売上金はその一定割合(平均約五〇パーセント)を本社に納付していた旨、認定した。そして、したがつて、上告人主張の如く簿外売上の総額に一率に三五パーセントを乗じたものをもつて計上洩れのセールス報奨金とすることは許されないとしながら、他方において、簿外売上金額につき直轄店からの送金分とを厳密に区分することも、預金元帳の記載自体からなしえないとして結局は被上告人の主張した簿外売上の金額に一五パーセントの比率を適用して計上洩れセールス報奨金の額を算出するに由なしとしたのは、論理的に矛盾するものといわなければならない。すなわち、独算店についてその売上の平均五〇パーセントしか本社に納付していないとすれば、パリー化粧品全体の売上を算定するにあたつては、少くとも独算店については本社への納付額の二倍がその売上として計上されるべきであり、その結果、パリー化学への仕入代金の計上、セールス報奨金の算定(その比率が一五パーセントか三五パーセントかはともかくとして)の基礎となる売上高が第一審の認定と異つてくることは明らかである。しかるに第一審は漫然、独算店からの送金分が証拠上特定できないとして、一方では上告人の主張した三五パーセントのセールス報奨金の計上を認めず、他方で被上告人の主張する一五パーセントのセールス報奨金の計上しか認めないのは全く論理的に矛盾するものである。第一審の論理からすれば売上高の全額に対するものである以上一五パーセントのセールス報奨金の計上もなし得ないことにならざるを得ない。

しかるに原審は、第一審の事実認定をそのまゝ踏襲し結局パリー化粧品、パリー化学双方について結局そのあいまいな課税根拠を認容しているもので、要するに所得税法の解釈・適用を誤つているものといわざるを得ない。 以上

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